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賢治参考図書

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    21年は一市は花巻村です。

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2006-05-11

かっぱさわ

 半世紀ぶりに「かっぱさわ」を訪れてみた。_015_7 _012_3 _020_7 以前の景色はかすかに遺されてはいたが一変していた。沢は、雑木や倒木などと笹薮で、荒れていた。人の入った気配はまったく感じられなかった。子供のころ沢には、沢しもから入って、ミズやセリ、ときにはワサビを積んできたりした。かみからの流れてくる水だけではなく、湧き水が豊富であった。いまは沢の出口に堤防がきずかれて、沢に入るのは子供には危険な感じである。北側は以前と変わって林がなくなり、近くまで住宅が進出してきていた。沢はそのために明るさを得ている。雌の雉が沢の斜面に見えて、ホッとした。段丘の東斜面に山吹がひっそりと咲いていた。

 かっぱさわに流れている堰き(小川)は、ニセアカシヤや柳、笹などに被われていたが、今は暗渠になり、遊歩道のカラフルな道と化していた。わたしは弥助橋について以前「饗宴の舞台」として賢治研究42号1987年1月号に書いた。弥助さんに付いては知っていたが、此処の土橋から落ちて帰らぬ人となった方でしたので、名前は記さなかったが、今回その方のお孫さんの豊川益太郎氏南城小学校昭和12年三月第四回卒業生が、祖父であることを発表なされたのと、自費で標識を建立されたのである。 (つずく)

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