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賢治参考図書

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2006-10-13

秘事念仏の大師匠

 宮澤賢治と「秘事念仏」を語るときに、文語詩稿 「五十篇」と「一百篇」にある同名の[ 秘事念仏の大師匠 ] の解明がかかせない。

 文語詩の五十篇 [ 一 ] は、口語詩『憎むべき「隈」弁当を食う」』下書稿(一)で、「文語詩化を試みた」。この下書稿(一)では「隈」が主題人物であったが、下書稿 (二)で伊藤治三郎に変わった(治三郎については後に記す)。

 詩の情景をとりあげて、場所の指定を云々してみても始まらないのかもしれないが、「北上岸の砂土に 」の手入れ稿に、「小松[の-削] と赤き萱の芽と」とある。ここは「下ノ畑」の北上川岸近辺である。

 大正のころ小舟渡は、上小舟渡・下小舟渡で、北上岸は下小舟渡の中川原とよばれ、のちの「イギリス海岸」の岸上で、情景的には合わない。文語詩「一百篇」[秘事念仏の大師匠](二)との違いは、作品内の情景もひとつの要因とみたい。(松田甚次郎著宮澤賢治名作選「昭和14年版254頁の写真も参照されたい。土手上は田畑と人家であった)

 「隈」こと伊藤熊蔵については、森荘己池著「宮澤賢治の肖像」の堀籠との対話(108~112)や、「隠念仏との小さな闘い」で語られているので省略する。森氏は、賢治の詩の解釈や、信仰と行動についていろいろと語られているが、「隠し念仏」についても誤った伝説化がなされ、私はそれを避けたいと考えるものである。

 文語詩「一百編」[ 秘事念仏の大師匠] (二)については前に記したのでそちらを見られたい。

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