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賢治参考図書

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    21年は一市は花巻村です。

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2006-11-24

凍った桑の畑の中でおきた事

_002_3 「心に引掛つた作品なので、今回はそれを取り上げさせていたゞく。」とある小沢氏の『詩篇「夜」鑑賞』の(語註)解説は、適切なもので、語註解説に、熊さんや権兵衛の名が出たところで私はドキッとした。この事実を知っているかと思えたからである。

 だがしかし小沢氏は、「東北の やりきれない貧しさの象徴のようだ」として、「日本残酷物語」にある、『嬰児は恐らく「間引き」であろうという私の判断も力を得た思いがした』というのだ。

 結論から話そう。この嬰児殺しは残念ながら実際に有った事である。それは貧しさからでも無く、間引きでもなかったのである。賢治のこの「鉛いろした月光のなかに」と、その関連作品「夜」は、何かを意図として詠んだ作品では無いためか、文語詩には三行の書きかけで終っている。

 この詩に詠まれている事実は、あまりにも悲惨な出来事である。 だがもう少し詳しく話そう。

 「この崖上の部落」つまり「桜」での出来事であるが、「嫌疑で連れて行かれたり」したなかには、「赤児を あそこの凍った河原」に「捨てた」だけではなく、隠滅の為に焼却の手助けをした未成年者がいた。しかもその事が発覚したのである。歳わも行かない二人は、警察から間もなく帰されたが、当の本人は暫らく留め置かれた。男子二人を残して彼女の主人は他界していた。わたしはこの人については、この人が六十過ぎてからしか知らないのだが、身長もあり容姿端麗、さぞ若いときはと思われた。嘆願や陳情は「部落」ぐるみで行なわれ、差し入れなども行なわれたのである。彼女の生家も、当時の家も貧しさなどは微塵も感じられない。

 焼却には、麻殻(おがらとも云う)がよく、豆がらは炭化物がのこるし、麦わらでは、完全に灰にならないものが雪上に飛び落ちて、痕跡が目立つ。隠滅の為の焼却には麻がらが一番良かった。麻は何処の家でも栽培していたのである。

 しかもこの続きがある。わたしは興味本位で書いているのではない。「春と修羅 第三集」には、フィクションと事実が賢治の読者に良くみきはめて欲しいのであるからだ。

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宗教」カテゴリの記事

コメント

重い作品ですね。

テキストではわからない背景があるようですね。悲惨な重い事実で語りにくい様子ですが、これでは読者にはよくわかりません。

テキストは〔鉛いろした月光ののなかに〕口語詩篇と「夜」補遺詩篇Ⅰが関連作品であることが新校本全集では指摘されていますが、そこからのスタートですね。

春と修羅第三集の一〇〇五〔鈍い月あかりの雪の上に〕はまったく関連がない作品なのでしょうか?

小沢論の「詩篇「夜」鑑賞」(「四次元」5月号・昭和36年5月)は、わかりましたが、語註とは何ですか?

嫌疑で連れて行かれたのは赤子を捨てた当の本人と未成年2人ということですね。
男子二人を残して彼女の主人は他界していた。というのは、当時の事情ということでしょうか。
彼女の生家も、当時の家も貧しさなどは微塵も感じられない。ということは、小沢論の解釈は事実と違うということですね。

ではどんな事情だったか、語りにくい事情のようですが、これだけですと、説得力もなく、判じ物のようで、私のような凡庸な読者には理解できかねます。

お気の毒な状況があったということ。それは貧しさからの嬰児遺棄でないこと、単なる遺棄ではなく遺棄した嬰児を焼却したこと、遺棄した嬰児の母親とそれを手助けした未成年の少年二人が嫌疑で連れて行かれたこと。少年たちはすぐ解放されたこと。母親はしばらく留め置かれ、部落中で陳情したり、差し入れなどもしたということですね。

賢治作品は事実とフィクションが織り交ぜて構成されている部分も多く、テキストはテキストで存在していると思いますが、
作品解釈に重要な背景の事実があれば、全貌をご教示いただけたらと思います。

部分的な解説では、かえって混乱してしまいかねません。

けれども難しいですね。関係者にも配慮が必要でしょうし、小沢論が定着してしまうのも事実をご存知だと困ったなとお感じでしょうし…。


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