秘事法門二題
「春と修羅 第二集」晴天恣意の先駆形に『水沢臨時緯度観測所にて』がある。所長は木村栄博士で、博士の同郷人に同じお歳の「世界の禅者」鈴木大拙がいますが、大拙がどこかで語っていた。「わしよりもできたのが木村だった。木村はいつも一番でわしは二番だった」と。
秋月龍眠著作集7に、「鈴木大拙の生涯と思想」があるが、そのなかに秘事法門に関して書かれているところがある。(21頁)
鈴木大拙は、無言のうちに母から宗教的な感化を受けたとあり、以下のように秋月氏が書かれている。また少々長いがお付き合いを、お願い致します。
「秘事法門の洗礼を受ける」
先生はまたこの母によって、少年の日に浄土真宗 ’秘事法門,の洗礼を受けました。「わたしの子供のころ、加賀には秘事法門がさかんに行なわれていたらしいのだな。父がなくなって、わしが七つか八つ、十は出んだろう。母親がある時その仲間に入ったらしいのだ。それで、わしは秘事法門の洗礼を受けたほうだ。
そのやり方は、いまでもおぼえておるが、あれは自分の家であったようだな。母親の友だちがきて、仏壇にお灯明をあげて、お経は読んだかどうかわすれたが、先達みたいな男がいて、『南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏』となんべんもやたらにとなえさせる。わしがとなえたか、その男がいうたかわすれたが、ともかく南無阿弥陀仏をやたらととなえながら、膝をついて坐っているわしの上半身を持って、その男が前後にゆすぶるのだ。
三十分か一時間か、どのくらいやったか時間をおぼえているといいのだが、そうしているうちに、いい加減のところにその運動をひょっと止めてしまう。そのときに、心理的な変化が出るのだ。それまでのリズミック・モーション(律動的運動)が破れたひょうしに、そこでどうか心理に変化が起こって、ある感覚が出る。『それ、助かった』というわけだ」。
「かくし念仏」渋谷地派とのやり方とは違いはあるが、何れも「真宗異議異安心」である。
ここでもう一つに触れたい。
五来重(対談)「宗教民俗集成」8に、親鸞と庶民信仰ー野間宏との対談がある。
最近ある文学者が、「隠れ念仏」(九州鹿児島地方の)と「かくし念仏」を取り上げているが、野間の二番煎じになられないことを心から願いたいものだ。
野間は賢治とは関連が無いので詳しいことは五来との対談や、野間の「歎異抄」論関連を、お読みしていただくとして、ここでは村の共同体の一員になる加入儀礼あるいは通過儀礼を興味本位にとりあげられるのだけではなくて、それだけとは言わないが、できうることならば田中智学著「日蓮聖人乃教義」のなかの第三編 第十七章 四 即身成仏ノ妙業 『受戒の式』を、隠し念仏との関連で、賢治はどのように観ていたのか。どのように理解していたのか。彼のところには「日蓮より観たる親鸞」なる著書もあったのだから。
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