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賢治参考図書

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    21年は一市は花巻村です。

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2006年12月

2006-12-25

「バナナン大将」

 南城小学校で、「桜」の青年団員が「飢餓陣営」を行った事がある。

歌まじりのしぐさとお菓子の勲章が、今でも眼にやけついている。

バナナの「エポレット」も砂糖菓子であったようだった。戦前の事である。

松田甚次郎の「宮澤賢治名作選」に掲載されている写真よりも、シンプルであった。

今年の五月に花巻に行ったときに、無き友の思い出話に話された事だった。

 「旧校舎の玄関前で『上演?』した。盛さん達がやった。」と覚えている方のお話だったが、わたくしの観たのは、盛さんの次の世代の青年団員の「バナナン大将」だったようなきがする。確か講堂内での「上演?」だったようだ。大正末から昭和の初め生まれの青年団員でした。「桜」の人たちは賢治先生を変わってはいるが偉い先生と見ていた。

 世に出ている「研究書」には、「桜と賢治」の話は暗いイメージのみである。「羅須地人協会」詩碑の建立には、「桜」の人々の役割があまり目立たない。そんな「部落」なのである。

2006-12-04

「下ノ畑」追記

 『 「春と修羅」第三集 』に、「1043 [ 市場帰り ] 」があります。

 賢治「三集の時代」に、花巻に「市場」が有ったかどうか。もう少し具体的に言うと、「野菜市場」が有ったかどうか。野菜や花の市場は無かったようです。

 「詩ノート」は [ 水仙をかつぎ ] でした。「村農ヤコブ」が、「白と黄」色の水仙」を背負い籠に入れて「売って来た」のでした。「ぼくもいまヒヤシンスを売ってきたのです」。

 「文語詩」では「村道」の題名です。

 野菜や花の市場ではなく、それを売買してくれる所は、上町の大きな角店「大正屋」でしょうと思われます。

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