活動的経験
「われわれは現在、科学や技術という言葉が、日常語として十分通用する世界に住んでいる。しかしこれらの言葉の、日本語としての歴史は意外に短いものである。五十年、百年と歴史をさかのぼってゆけば、まず技術という言葉が、いずれ科学という言葉も、どこかにまぎれこみ、ついには姿を消してしまう。明治維新のころまでゆくと、もはや科学・技術という言葉の存在しない世界へふみまようことになる。」辻哲夫著『日本の科学思想』の書き出しです。賢治の時代を考えさせられる文です。賢治が「化学本論」やオストワルドの新しい知識を得ると同時に、ジェームズに感心を示したのに付いては頷けます。先生の仰るとうりで、「語彙辞典」でも取り上げていますから、ここではこれ以上は省略させてもらいます。「多元的宇宙」の附録「活動的経験」には、「感覚乃至感情」や「物理的な諸現実」の類別、また「心理的な要素・・・感覚的効果・・経験群の認識論的規範を探求するのでなくして認識の印象性を追及する」等が述べられているそうです。感心のそそられるところです。
スピリチュアリズムについては、ジェームスからよりもメーテルリンクやオリバーロッヂか
らではないかとかんがえています。エマーソンと同じ玄黄社から「死後は如何」「死後の生存」が出ています。ただ賢治の神秘思想についてはどなたかがお書きになっていますが、ジェームスとの関連は書かれていなかったように記憶しています。もしお解りになりましたならばご教導お願いしたく存じます。
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