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賢治参考図書

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    21年は一市は花巻村です。

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2007-04-12

「圃道」管見

 作品「白菜畑」の次の作品は、「741 圃道」ですが、この「圃道」の十五も前の作品に『718 井戸』があります。賢治研究会 読書会でのリポート(94号)を拝見しますと、作品番号「738 井戸」の下書稿の「圃道」は取り上げられなかったのでしょうか。「校本全集」の校異によりますと、「井戸」は、「蛇踊」から改稿され、下書稿の過程で「圃道」に、それから『題 [ 圃道→井戸 ] 』と、校異での推敲過程がみられます。そのためでしょうか「作品番号718」の作品は、「蛇踊」と「井戸」の同じ番号で二つの作品があります。「井戸」は最終的には「 圃道→井戸」となっていますが、作者の改稿過程を考えますと、「白菜畑」の作品製作過程や、推敲課程、それに日付け等をも含めて、前者の作品と何らかの関連が考えられないものなのでしょうか。作品 「井戸」には、「玉菜」が見られます。「下ノ畑」・自耕地に最初に出てくるのは、ポンデローザでもヒヤシンスでもなく、「玉菜畑へ飛び込めば」の「たまな」ですから気になります。

 「白菜畑」の前後の作品については、「白菜畑」との関連があることは解かりますが、この作品に日付けのないことや、作品『743 [ 盗まれた白菜の根へ ] 』との関連は、最終的にはいつごろに手入れ改稿されて、如何様にして『春と修羅 第三集』のようになったのかは、結論から先に言うとわたくしには良く解りません。

 「十字屋版 宮澤賢治全集 第二巻」には、下記のように「白菜畑」があります。「校本全集」では『743 [ 盗まれた白菜の根へ ] 1926,10,13、』として掲載されている作品です。この「白菜畑」は、十字屋版でも「(作品743番)」として「圃道」の次の作品として掲載されています。

     白菜畑   (作品第743番) (15,10,13)

 盗まれた白菜の根へ

 一つ一つ萱穂を挿して

 それが無抵抗主義なのか

 

 水いろをして

 エンタシスある柱の列の

 その残された推古時代の礎に

 一つ一つ萱穂が立てば

 盗人がこゝを通るたび

 初冬の風になびき日にひかつて

 たしかにそれを嘲弄する

 そうしてそれが無抵抗思想

 東洋主義の勝利なのか

 同じ十字屋版に、上記の次に掲載されている作品は、「病院」「(作品第744番)」で、その後に「作品第745番」が載っています。この作品が「校本全集」では、稿異に下書稿(一)として『745 ◎  1926,11,15』掲載されています。「十字屋版第二巻」からとして転載されているのです。これが下書稿(二)で手入れ推敲されて、『741 白菜畑』本文として我々の目に触れているものです。

 さて、今迄みて来ましたが、『白菜畑 Ⅱ』に記しましたように、賢治研究会の読書会リポートの読みが妥当で、本来は「制作年月日」や「作品番号」が編集にあたっては、確実なところ・正確には規定しがたい、ということでしょう。大事なことは以下に記されている事であったのです。「校本全集」の「凡例 12」に示されていますように「便宜上、自筆日付け順に作品を配列したが、これは必ずしも制作順(もしくは制作成立順)の配列ではない。」と明記されている事です。

 それから賢治の作品内容からは、如何様に詠むかが読み手に託されているわけですが、ヒクションと事実の読みが重要視されざるを得ないという事ではないでしょうか。賢治の作品を読んで、作品からの所謂村人との対立や、揶揄嘲笑のたぐいの時期については、慎重に取り扱われる必要性が考えられるのではないでしょうか。

 「741 煙」の作品の校異に、下書稿余白に、以下のような書き込みがあるとの事です。

  八幡社の杉

  吉凶悔吝

と。作者はどのような心境での書き込みだったのでしょうか。そして何処の場所を意味し、何を示そうとしたのでしょうか。何時かの機会に触れたい題です。

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