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賢治参考図書

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    21年は一市は花巻村です。

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2007-04-10

「白菜畑」前後

 賢治の詩「春と修羅 第三集」で、制作日付けが無いのは、「白菜畑」と「1020 野の師父」の二題である。このことについては後日に考えるとして、「白菜畑」の作品の前の「煙」なる作品ををよんでみたい。

 賢治の「煙」と題されているこの作品についての最も知られている解説の論考は、「薄明穹を行く」に出ている小沢俊郎氏の「煉瓦工場」であろうか。これは「四次元」に掲載された論考であった。ここでは小沢氏と小生の読みの違いのことを記したい。

 小沢氏は、「煉瓦工場」で記されている「731 はるかな作業」の作品と、「煙」の作品を同じ系列にに扱われているが、この作品は全然違う作品なのである。「煙」と題されている煉瓦工場の場所は小舟渡であって、「下ノ畑」から良く煙突が見えていたところである。煙突のはるか左後方には岩手山が見え、十月の末頃には山頂にいただいた雪が白く光ってよく眺められた。煉瓦工場は小沢氏も記されているように「イギリス海岸」の近くであった。

 「はるかな作業」で扱われているのは瓦工場で、二子の先、むらさき野にあったところであろう。当時は瓦を焼くために必要な雑木の里山が多くあり、飯豊にも瓦工場があった。「晩にはそこから忠一が / つかれて憤って帰ってくる」のである。小沢氏の解説にある「空虚な川」は「イギリス海岸」の所ではなく、「下ノ畑」の近くで渡し場の少し上流でしょう。小沢氏は『「はるかな作業」は、9・10の作だったが、「煙」は10・9の作である。一ヵ月後、同じ場所で似た題材を描いているのだから、前者の継承と考えていい』と断言されているのであるが、その後あの世で作者とお会いになって苦笑されているのではなかろうか。

 「煉瓦工場」と題して「煉瓦」と「瓦」を、「工場」で結びつけて、二つの作品の内容全体の解釈を、自己の恣意的解釈にみちびきだそうとする、詠みとしては、人それぞれで、その人の自由であるが・・・・・。 (少し内容を変更しました・11日追記)

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