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賢治参考図書

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    21年は一市は花巻村です。

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2007-04-10

「白菜畑」Ⅱ

 沼倉吉兵衛が芝罘の種子を輸入して採種を研究し、交雑防止のために松島湾内の一島を借り受けて、種子の大量生産に成功したのが大正九年で、その名が「松島ハクサイ」です。また同県の渡辺採種場でも改良に着手し、大正十四年には「松島純一号」そして「松島純三号」などの育成発表がなされています。賢治は、真新しく開発されたばかりの国産採種種子を入手して、これも心血を注いで出来立ての「下ノ畑」に作付けをしたのです。と行きたいのですが、ここで「白菜畑」には作品番号はあるのですが、外の作品と違い日付が記されていません。それに「ここへ野菜をつくっては / 盗られるだろう・・」とありますが、何時の事かは分からないのです。そこで読書会でのお力を拝借です。「作品番号七四一は、この作品の前の「煙」と同じ番号であり、「煙」には一九二六年一〇月九日という日付けが付されている。そしてこの作品の次の「圃道」の作品番号が七四二、日付けが一九二六年一○月一〇日となっているため、この作品の日付けは「煙」と同じ一九二六年一○月九日と推定する」とのことです。また早池峰の雪景色や、朝霜の情景からこの日付が「自然だと考えられたのである」ということです。

 白菜の収穫期が十月の九日前後でしたなら、作付け日は、東北の北部でしたならば八月の上旬なそうです。この年の八月ころの賢治の作品からは、白菜の作付けについては読み取れません。

 次に栽培についてですが、土地は砂地ですから良いとのことです。賢治の播種はどのようにされたかは分かりませんが、現在の平均的な栽培の例ですと、うね幅75cm 株間45cmこれで10㌃当たり栽植株数2962とのことです。『参考資料(野菜園芸大辞典 養賢堂 昭和60.1.30.第三版)その他』 育苗方法は、春巻きではありませんので発芽からみてもありえないようです。ですから種子が安価でなければ容易でないと考えられます。

 やっとあるめんの「千の芝罘白菜」「砲弾連の七百」がみえてきました。賢治研究会の諸先生方は、「千とか七百とあるのは、実際にそれだけの数の白菜があるということではなく、多くある様の表現であろう」と言われています。それに違いないでしょうが、開墾した「下ノ畑」の広さと、作品の「日付け」に付いての幾許か考えさせられる作品であるのです。

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