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賢治参考図書

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    21年は一市は花巻村です。

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2007年8月

2007-08-14

『「無何有郷」(むかうのさと)だより』

W・モリスの「無何有郷(むかうのさと)だより」布施訳は、管見では直接賢治との関連で採り上げられている論考は無い。

ただ 「賢治とモリスの館」の「堺利彦『理想郷』の検索」で、堺の抄訳「理想郷」(平民文庫)の解説の終わりに、「大正14年(1925)に布施延雄の訳もある。これは『無何有郷だより』と題されている。」と触れられているだけである。

「新 宮澤賢治語彙辞典」のWim.Morris の項には、

<前後略>欧米の芸術運動にも大きな影響を与えた。叙事詩「地上楽園」(1869~1870)や、彼の思想を盛り込んだ小説『ユートピア便り』(1890)等が主著。賢治が英語でそれらを読んだか、訳が出ていたのか未詳だが、大正期の評論に紹介や言及はされていたから、賢治のイーハトーブ思想や農民芸術観への影響関係はこれからの課題。     とある。

「無何有 之郷」 むかゆう(いう)のきょう(きやう)>むかゆう(いう)のさと。 煩わしいことの何もない所。無為の仙境。ユートピア。 {荘・逍遙遊}「遊、____」。 {万葉集・16}「心して_____に置きてあらば」。

2007-08-13

W・モリス 無何有郷だより

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 「大正15年春の岩手国民高等学校および同年夏以降の羅須地人協会で講演された」 賢治全集の雑纂に修められている「農民芸術概論」に関連のある本ではないかと思われる。

岩波文庫の「ユートピアだより」と量的にもあまり変わりはない完訳版です。

写真の中の「第一章 議論と寝床」の二行目に「革命」の語句が見えますが、布施のこの訳は再販がされたのであろうか。時代を考えさせられる。訳文は、岩波文庫版の中の「同志」は、こちらは「仲間」になっています。このような違いはありますが、内容が大変分かりやすく、かつ読みやすい本です。岩波文庫の目次と比較されて写真をご覧下さい。

マリロ・フロムの「宮澤賢治の理想」のように、「農民芸術の興隆」を採りあげないと、「ウイリアム・モリスに賢治が関心をもつようになったのはおそらく室伏の著作を通じてだったと思われる」(131頁)となる。「農民芸術の興隆」の内容からして、そして「農民芸術概論」の各処を見たときに、モリスの「無何有郷だより」の中の新しい時代えの希望の宣言を、賢治は情熱を込めて語られたのであろう。

 賢治は、W・モリスの「無何有郷だより」の新しい本を手にして、この本の感動的な内容が、自己の理想に生まれ変わるのである。この本の出版されたのが、講演の時期とも重なることが最も大事か。

(写真画像上をマウスポインターで右クリックして、ひらくを左クリック、画像が開きましたなら、移動してご覧下さい)

2007-08-12

菊池忠二さんのこと

 また書き出します。

何日か前の岩手日々新聞http://www.iwanichi.co.jp/の花巻覧に、イーハ・トーブ賞(?)に菊池忠二さんが決まった記事が出ていた。

菊池さんは学生時代学校の行き帰りに、よく佐藤勝治さんのお店に来られて賢治の事の話をされていた。

佐藤さんの「宮澤賢治批判」は、A.君の話、B君の話、Cの話の構成になっています。

B君のモデルともとれる人物が菊地さんでした。

他にも菊池さんは、法政大学出版局から出ている「森嘉兵衛著作集」を、大学時代の仲間と編集構成に精力的に活躍され人物です。今度の賞は大変善かった。最近の嬉しいニースでした。

 さて 「羅須地人協会時代」の賢治の活動を考えるときに、佐藤さん等の問題にしている宗教との関連の事、川原仁左ェ門氏が主張される肥料設計を中心とする「肥料中心主義」・「農本主義の人」としての農村指導者について、もう一つには、「岩手国民高等学校」で講義した「農民(地人)芸術概論」、のちの「農民芸術概論綱要」の思想的関連とをどう捉え考えるかと云う事ではないか思う。

 大きすぎて私には手におえませんが、手元に在る少しばかりの資料でボツボツ学んで行きたいと思います。どうぞ皆さんからのご援助をお願い致します。

 W_009 次回は、ウィリアム・モリスの「ユートピアだより」をご紹介したいと思います。

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