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賢治参考図書

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    21年は一市は花巻村です。

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2007-10-01

増水再説

   前回 敝舎について記した。今回もこれについてまた、少し補足をしたい。

 「『新修 宮澤賢治全集』 第四巻 語注(小沢俊郎氏作成)」に、敝舎の解説項目がある。  

  敝舎<へいしゃ> あばら屋。ここは、羅須地人協会の北三00米(稗貫郡根子村桜、大正十二年に花巻川口町に合併)にあった工兵第八大隊 (常駐地は盛岡) の演習廠舎(シヨウシヤ)の誤りか。 とある。 

 廠舎とは、かりや・露舎と辞書にあるが、工兵隊の兵舎の、鉄舟を格納していた所はあばら屋でも露舎でもなかった。小岩井農場の重要建築物に似た、外壁は板張りで、中は土間であった。ここの一部は、戦中に工作機械が設置され、青少年機械工業養成所として使用された、言うなれば立派な建物であった。

 語註 「古川あとの田」にも触れておこう。

  羅須地人協会の南の下台<トダイ>(賢治の自耕畑もここにあった)などは、北上川の旧河床の低地。

 下台は以前にも触れたが此処でも再説する。「春と修羅 詩稿補遺」 牧歌に 「下台」が記されている。語註解説者は、「下台」は「外台」の作者賢治の書き誤りを、トダイとルビを振り、正しい注釈を省略した。地図上では「外台」が正しいのに。 { 古川については、9月11日の [ 滝清水神社 ] でふれた。}

 「賢治の自耕畑」(下ノ畑)は、「外台」に有った事は衆人自明のことであるが、「古川あとの田」からは大分離れた、「田」を耕作するには適さない砂地であった所である。「北上川の旧川床の低地。」ではなかった。

 

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