フォト
無料ブログはココログ

賢治参考図書

  • Img_0215
    21年は一市は花巻村です。

« 『「牧歌」の背後』 | トップページ | ドイツトウヒの森 »

2007-10-12

広瀬正明氏の論考を読んで

 宮澤賢治学会イーハトーブセンターから今年もAnnual が届いた。

昨年に続いて広瀬正明氏の興味ある論考が載っている。

 此処に書くのは、専門知識の無い素人のわたくしの読みだから、間違いだらけばかりだと思うのであるが、非才を省みずに感想を述べ恥をかく。

 最初に、昨年の論考「紫雲英と石灰による有機農法」-ある化学計算ノートにみる賢治の構想ーに少し触れたい。「三集」の「饗宴」に、(紫雲英<ハナコ>)が出ているからだ。わたくしのレンゲソウの肥料の知識は、吉村清尚著 最新 肥料学講義 弘道館発行である。初版は大正十年七月十日で、訂正増補七版 昭和二年六月十五日発行のものをみている。第七章 植物質肥料のところからが、主なるものである。このなかの「紫雲英」と関連があると思われるところは、緑肥の効果等や、組成、それに成分表などが見られたりする所(251頁)、また「小野寺氏の研究によれば、紫雲英を水田に多量に施し稲作に有害作用を呈する場合の主なる原因は、その分解の際にメタン・炭酸瓦斯等多量に発生し、水稲根に有害作用を及ぼすと同時に土壌中に酸素の欠乏を来たさしめし水稲の栄養を妨ぐるに基づくものの如し。」(244頁)等である。 此処に出てくる「小野寺」は2月28日に記した「肥料学汎論」の著者である。広瀬氏も他の資料で注目して論じている。またこんな記事も視られる 「一反歩の紫雲英が開花迄に空気中より摂取同化する窒素の量は、二貫二百六十匁にして、人糞尿の十八荷、若くは魚肥の二十八貫に相当すべしといふ。」(255頁)。 その他この本には販売肥料の価格表や肥料試験(第十六章)があり、附録には肥料分析表が出ている。この本は当時の教科書として使用されていたのかも知れないと思える。明治時代の「肥料学」は、博文館「帝國百科全書」に視られるように肥料各論第一章人糞と云うような感じであった。昭和の初めになると、小野寺の「肥料学汎論」に見られるような新しい感覚の内容と形式の書になる感じである。 次に

 今年の論考は『「青森挽歌」における賢治の生命観」-化学の視点でたどる物質と精神の位置づけ』である。此処でも広瀬氏の参考資料と小生の視ている本の違いを述べておきたい。氏は『「意識ある蛋白質」の科学」を述べ、、「化学本論」やその他の著書を挙げている。

 「物質と精神」については他に記すとして、「賢治の生命観」について、主にヘッケルを採り上げられている。結論から言うと私は広瀬氏のこの論と関連ある著書は、大日本文明協会の「生命の不可思議」に付いては疑問を持っている。この本ではなく、「生命の不可思議」の同じ訳者の後藤格次が、同じ大日本文明協会から出版された「オストウァルト 価値の哲学」であると視ている。オストワルトに付いては「化学本論」の序文にも二度ほど名前が出ているだけではなく、本文の第八編 第二十八章に詳細に記されているのが視られる。また、堀尾青史著 「年譜 宮澤賢治伝」(中公文庫)98頁に、仙台で「無機化学原理」を買った事例も出ているからである。「価値の哲学」の第二篇 応用の 第十二章 心理学上の方向現象竝に意志 118記憶の物理化学的起原で、蛋白質の化学的性質等を記している(329頁)。直接今回の論とは関連はないが、トロピズム作用説があり、毛細ガラス管の林檎酸運動が説明されたりしている処等が面白い(312頁)。ヘッケルの一元論でなく、オストワルドの実證論的認識の立場が、賢治の生命観に適しているのでわないかと思える。有機酸の研究ではアレーニュウスの説を実験的に強固にしたり、フアント・ホッフ等と共に新学説を称えている。広瀬氏の論の補強の意味でオストワルドを採り上げてもらいたいと感じた次第である。

« 『「牧歌」の背後』 | トップページ | ドイツトウヒの森 »

宮澤賢治」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/175783/16731727

この記事へのトラックバック一覧です: 広瀬正明氏の論考を読んで:

« 『「牧歌」の背後』 | トップページ | ドイツトウヒの森 »