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賢治参考図書

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    21年は一市は花巻村です。

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2008-03-10

羅須地人協会の周辺

羅須地人協会_new    昭和十一年十一月二十三日詩碑除幕式 Photo

 詩碑周辺について

 花巻の町から、羅須地人協会跡の賢治詩碑に行く途中には、豊澤橋を渡り旧国道の坂道を上がりきる(松原から向小路)と、同心屋敷が左側に立ち並んでいた。

 宮澤賢治がリヤカーを引いて歩いた道は、桜部落の家並みが終る所(現在の旧風童舎店舗の在る所)を左折し、両側が田圃であった道を通つたのであろう。そして旧国道から百メイトル程進むと田圃の中の十字路を、そこの小道を右折するのである。現在、同心屋敷を移設してある所や駐車場あるところも、またバス亭の近辺も、当時は水田であった。

 詩碑のある所への道は、小川を越えたところで左折をするが、この小川は「かっぱ沢」に流れていた。小川上流で、旧国道の少し川上に村の水車小屋があった。この小川は結構な水量のあったところである。

 ここから小川の土手は藪状になっていて、小雑木に混じってアカシヤの木も生えていた。 [ 詩727 ] に詠まれているところであると思われる。この小川に沿って東へ向かうのであるが、この道の右側、つまり南側は少し小高くなっていて松林がった。傾斜になった松林の上の南側も一面田圃で、松林の西側の小道を登りきったっ所から西を眺めると、旧「国道の並木の松」が見え、その先一面の田圃のさらなる先に、新国道に植えられた「松並木」がよく見えていたところだ。そして天気の良い日は、西の山脈がくっきりと見えた。

 賢治詩碑へ向かう小川の左側は水田で、その先には桜の家々があった。道の南側は、道に沿ってあまり広くない松林が終った所から、八景の四軒ほどの家が有った。詩碑に向かうこの道からは、「えぐね」の屋敷林で、家の台所の明かりが微かに洩れて見えるだけで、夜などは淋しい道であっと記憶する。

 現在の弥助橋の標識のある所は、昭和の初めころ、小川の川底はニ・三メートルもあった。そこから詩碑入り口の所までの道の両側は、大きな木で蔽われていた。 

  「<宮澤賢治の詩の世界>のこの場所の地図に示されている地点や、地人館の場所は、一部雑木林であったと記憶する。今の地人館北側あたりからは畑であった。畑の東崖上は、崖に面して杉が植えられていた。」

 詩碑入り口からの道幅は、今と変わらなかったと記憶する。路の南側(右側)は伊藤忠一さんの畑で、北側(左側)はカバノ木や栃の木や、杉の木が生えていて、その下は笹などで藪化していた。右側畑はニ十センチ程、路より高く、左側の藪のほうは、どれだけ低かっただろう。三・四十センチ程も低かったと思う。詩碑が建った後であるが、夏の日曜、朝早い時間にこの路に行くと、よく蛇に出あった。

 詩碑の広場の北側は、沢まで松林であった。松林は、下草や雑木を綺麗に刈り取るのである。落ちた松葉を竹で作った熊手でかき集めて束ねた物を、写真に見られるように家の周りに立てかけておき、燃料にするのである。松林は、杉林や檜林とちがい、何処の松林でも整備された林であった。大きな木の松林の中でねっ転がっていると、木の梢を吹き抜ける爽やかな風の音がす~~と聞こえた。

 写真のなかの家の周りや詩碑の周りに見える松ノ木は、北側に生えていた松林の木と同じ年数を経た松ノ木であろう。松林のほうはもう少し太かったかもしれない。

 「かっぱさんの松林」は、詩碑の庭にあった井戸の地面より、松林のほう地面は約四・五十センチ低かった。この松林の先のかっぱ沢への下り斜面は、杉やら雑木の大きな木が生えていて、その沢の小川の先の北側斜面も雑木林であった。東側に面した崖斜面は、杉の木が植えられていた。北上川辺から望むと、賢治詩碑近辺と獅子鼻の森は、今と違い、鬱蒼とした高台の森に見えた。

 詩碑の東側斜面と南側の一部には、杉の木が植林された事もあった。崖下は胡桃の木等が点在して生えていた。滝清水神社下の湧き水からの小川に、水車を回して流れてきたかっぱ沢の小川が、この崖下で合流し、外台の水田を作っていた。外台の水田は、北上川の洪水と旱(ひでり)の水不足に何時も悩まされていた。 詩[ しばらくだった ] につぎのように詠われている。  上流から水をあげて来て  耕地整理をやるってねえ  容易でないと思ふんだ  こんどは水はあがっても  その費用が大へんだ  とある。

 詩碑に刻まれている 「野原ノ松ノ林ノ陰ノ ・・・・・」 ここは野原のなかでは無かったが、小鳥や小動物の多く来る高台で、森に囲まれた絶景の場所であった。

 写真は ※ 日本文学アルバム12 宮澤賢治  (株)筑摩書房 1968年6月30日発行

 ※ 佐藤隆房著 宮澤賢治 改訂増補版  よりです

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