花巻電気 の大株主
盛岡電気は、大正10年12月に花巻電気及び釜石電灯を合併し、さらに翌年5月に盛岡電気の卸売先の遠野水力電気と温泉軌道(後の花巻電鉄)を合併した。
岩手県の中央に位置する花巻は、江戸期から商人の活躍した宿場街であった。北上川の舟運も盛んで、盛岡商人よりも商売上手の花巻商人は、立地のべんもよく上方の商取引をもしのぐ人材も生まれたところでもあった。先ずは以下花巻電気の大株主の面々を、詳述とまではいかないがみてみよう。
梅津友蔵 初代社長 花巻川口町 花巻銀行取締役支配人(大正4・12辞任) 保険会社代理店(鉱山主 佐藤清兵衛等の会社) 三梅・山喜合資会社出資社員(梅津東四郎一族の会社。金貸し業) ※日本生命陸中花巻代理店主。 花巻銀行事件に連座
菊池忠太郎 二代目社長 花巻川口町於田屋町 慶応元年和賀郡小山田村(現花巻東和町)に生まれる 明治22年慶応義塾を卒業 本屋河北堂(偕同雑誌発行す) 花巻小学校でも教壇に立つ 明治30年以降岩手県議3回当選 ※馬面電車生みの親 合併の推進者(二例とも後記)
つづく


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